英語おじさん

ある日のこと。
通勤客で込み合う駅の改札付近でなにやら、おっちゃんの叫び声が聞こえた。ここは、朝でも酔っ払いがいるような凄い駅なので、またどっかの酔っ払いオヤジがクダ巻いてると思った。こういう場合、おっちゃんと目を合わせてはいけない。だいたい、目をあわすと、ろくなことないからね。私は、無事に改札を通り抜けることだけを考えてた。

改札が近づくと、おっちゃんの声が鮮明になってきたんで、何をしゃべってるのかちょっと興味が湧いてきた。
(どうやら、この野次馬根性は治らないみたいです。過去に苦い経験があるというのに・・・)

おっちゃんは、なにやらしきりに訴えているようなのだ。もちろん、改札を通り抜ける人たちは足早に通りすぎていくだけ。ところが、よく見ると密かに笑っている人もいた。

なんだ、なんだ。
笑える酔っ払いの話ってなんなのだ?。
いよいよ、改札が近づいてきた。おっちゃんの叫びがしっかりと聞こえた。

「わ、わしなあ。英語しゃべれんねんぞー」

おー、バイリンガルの酔っ払いか!。ふんふん、それでそれで。
思わず道の脇に外れておっちゃんの話に聞き入る私は、見事におっちゃんのバイリンガル・ワールドに引き込まれようとしていた。

「みんな、聞いてくれやー」

聞いたる、なんぼでも聞いたるで。ここで、おっちゃんは演出効果として「一瞬の間」を空けた。

「ディス・イズ・ア・ペーン」

ぷはははは。
私の脳天には衝撃が走り、みるみる脳内麻薬があふれだした。な、なんなんだいったい。私は、見事に笑いのツボに直撃弾をくらった。
よりによって、「ディス・イズ・ア・ペーン」とは、うきき。しかも、私には最後の「ペーン」にはエコーまでついているように聞こえたぞ。

いやはや、あのおっちゃんは無味乾燥な通勤のひとときを笑いで潤してくれる素晴らしいおっちゃんだったのだ。私は、彼を「英語おじさん」と命名した。
ありがとう、「英語おじさん」。

つづく

(スペクトルの月18日)